Norfolk
〜 世界最大の軍港 〜

ここヴァージニアには、日本人にはまだまだ馴染みが無いと思われるが世界最大の海軍基地が在る。
現在の国際社会において世界警察を自認するアメリカ合衆国の警察権を維持するのに、その主力をなしているネイビーのホーム・タウンなのだ。
その規模の大きさは、この言葉の響きからだけでもわかっていただけると思う。
ここノーフォークのネイビーは、その責任の重さに於いて世界中のどの軍隊よりも重い責務を担っている、と言っても過言ではないのではないだろうか。
ノーフォークを支える基本理念は、マハンの海軍戦略にあると言われている。 この戦略理念は「海洋を支配する者が、世界の覇権を握る」というものである。
この基本概念を維持する為に、ノーフォークを母港とするネイビーは全世界に海軍基地を持ち、世界各地の紛争に備えている。
海外の海軍基地は、日本横須賀、韓国、欧州、ディエゴ・ガルシア、キューバ、バーレーンなどで、このうち乾ドックのあるのは横須賀だけである。 軍隊総数は150万人、在日米軍は4万人、在韓米軍は4万人。 海兵隊は本土13万人と沖縄1.5万人が主な規模。 沖縄の重要性は、明らかである。
つい最近もパナマから完全撤退したように、世界の基地を整理し直し緊急派遣戦略を練り直している。
米海軍の中心は、12隻の空母を有することで常時3隻を配備している。
この空母1隻は、1日100万ドル以上の経費を必要としている。
また空母1隻に対し、巡洋艦2隻、駆逐艦・フリゲート艦4から6隻、艦隊補給艦2隻で一個空母戦闘群を構成。 この編成を12個ある。年経費だけで50億ドル以上、空母一隻建造費40億ドルと高価である。
ここでこの世界に冠たるアメリカ合衆国を支える原動力となっている、ノーフォーク市についての簡単な説明を加えておく。
1682年、イギリス政府がこの地一帯を1万ポンドのタバコと引換えに、ニコラス・ワイズという開拓者から買い受け、入植者が集落を作ったのが起源とされている。
1736年、イギリスのジョージ2世は、当時千人の人口を持ち、バージニア州最大の町ノーフォークを自治都市として布告した。
1754年にイギリス王室がノーフォーク市に贈った重さ104オンス(約2.9kg)長さ41インチ(約1.7m)の純銀製のメイス(杖)は今でもノーフォーク市のシンボルとされている。
また80キロに及ぶ海岸線が戦略上の重要な拠点とされ、古くから海軍の基地がおかれた。 そのためアメリカ独立戦争では英国軍と植民地軍、南北戦争においては北軍と南軍との戦いの舞台となった。
天然港としては世界でもっとも重要な港のひとつであり、古くから石炭、穀物、タバコの積出で栄えた。 さらに現在でも全米屈指の貿易港として栄えている。
製造業では、自動車、船舶、化学製品等の生産が盛んである。
ノーフォーク市、ニューポート・ニュース市、ポーツマス市の3つの都市の湾岸を総称してハンプトン・ロード港は自然水深の不凍港であり、搬出量はニューヨーク等主要港を押さえて米国東海岸第1位である。また、ノーフォーク海軍基地は世界最大の海軍施設である。
さて実はこのノーフォーク、意外にも日本との関わりは深いのである。
アメリカのペリーは1853(嘉永6年)フリゲート艦「ミシシッピ号」で浦賀沖にあらわれ、大統領の国書を浦賀奉行に手渡して日本に開国を迫った。
中学校でも教わる歴史上の事実である。
われわれは、ともすればペリーはサンフランシスコあたりのアメリカ西海岸の港から出発して太平洋を横断して日本に来たように思いがちだが、実際は違う。
アメリカ東部のバージニア州ノーフォークを出航して大西洋をわたって、ケープ・タウンをまわり、シンガポール、香港、上海、沖縄、小笠原を経て日本にやってきていたのだ。
言い方を変えれば、日本開国の歴史は、ここノーフォークからの使者によって扉がノックされたとも言えるのである。
さらに、太平洋戦争時に連合国総司令官としてアメリカ海軍を率い、日本軍と激戦を交わし、戦後はGHQを設置して日本国内の戦後処理を行うと共に、現在の日本国憲法の基本を作り上げたダグラス・マッカーサー元帥がこの地で没している。
彼は1945年8月30日、日本の厚木基地に降り立ち、身長188センチの長身、トレードマークであるパイプをはじめ、1945年9月2日、東京湾に停泊中の戦艦ミズーリ艦上で調印された日本の降伏文書を受け取るなど、その威風堂々たる容貌や日本の転換となる出来事に関わった人物として、日本人の心の中に今でも強く印象付けられている。
*このページの写真は、ノーフォークにあるネイビーの記念館の中の写真である。
日本海軍の名機である紫電改。 その紫電改を配備されもっとも数々の軍功を上げたのが、三四三航空部隊である。
この部隊は源田実大佐という人が、次々に各部隊から優秀な操縦士をひきぬいて結成した部隊で、通称「剣」部隊というのだが。
なにを隠そうこの紫電改にそっくりで、敵味方共に誤認が続出したアメリカ・ネイビーの名機であり、また「飛燕対グラマン」などで有名なグラマン戦闘機がここには飾られている。